今月の標語 2020年

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2020年 「1月の標語」

何の笑いがあろうか
何の歓びがあろうか
世間は常に燃え立っているのに
汝らは暗黒に覆われている
どうして燈明をもとめないのか

――― 法句経(DHAMMAPADA)146 中村元訳 岩波文庫

今年初めの標語から、いきなり暗くて申し訳ありません。m(__)m
お釈迦様がこの世を「苦の娑婆」とおっしゃっていたことを、なかなか理解して頂けなくて、何度も取り上げております。

実は、この言葉は、常宿寺HPを開設した2006年に、「11月の標語」として取り上げました。
その時は、以下の言葉も紹介しております。

「見よ。粉飾された形体を!(それは)傷だらけの身体であって、いろいろのものが集まっただけである。病に悩み、意欲ばかり多くて、堅固でなく、安住していない。(法句経・147)
 骨で城が作られ、それに肉と血とが塗ってあり、老いと死と高ぶりとごまかしとがおさめられている。(法句経・150)
 世の中は泡沫(うたかた)のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない。(法句経・170)
この世の中は暗黒である。ここではっきりと(ことわりを)見分ける人は少ない。網から脱れた鳥のように、天にいたる人は少ない。(法句経・174)」

なんか、取り付く島もないほど、ますます暗い気分になりますね (-_-;)

13年前の記事でも取り上げましたが、この時のさらに2年前、私は、女流作家で出家でもあるS氏が、新聞に書かれたコラムに対し、手紙を書いたことがあります。その方はあまりにもむごい死に方をされる人たちの多い現代の世相を批判し、『理不尽な死をみつめる』と題して書かれたのでしたが、それに対し概ね以下のような要旨で手紙を書きました。

「今回のタイトル『理不尽な死を見つめる』などと書くことから、お釈迦様のごく初期に説かれたとされる原始仏典をきちんと学ばれた事が無いと言うことが容易に想像される。お釈迦様が説かれた最も基本の教えは、「(因)縁(生)起の法」であり、この世界のあらゆる存在と現象は、因(直接の原因)と縁(間接の原因あるいは条件)によって成り立っているということ。何事にも起こるにはそれなりの理由がある訳で「理不尽」ということはありえない。

次に、「人間は何のために生まれてきたかと、若い人たちによく訊かれる。私はその度、幸福になるために生まれた。云々と答えている。」と、書いてあったことについて、

「諸法無我(あらゆる存在や現象には実体が無い)ということに本当に目覚め、これら全てに対する、執着、煩悩を断ち切り、涅槃に到達できた時に、人は輪廻から解脱する事が出来、そのような境地に到った人を、ブッダと呼ぶのであって、この世に生まれてきたということは、それぞれの克服すべき課題を背負っており、それぞれの輪廻の一過程にすぎない。貴女の文章を読んでいると、煩悩だらけの我々の日常を、無反省に肯定し、あまりにも美化しすぎていることを痛感する。(中略)」

今月の標語のような、お釈迦様のお言葉をS氏が1行でも読んだことがあれば、安易に人々に「幸福になるために生まれた」などとは説けないはずです。仏弟子としては、極めて不適切な態度です。小説家ですから創作はお手の物でしょうが、誤解を生む言葉は慎むべきではないでしょうか。

今の世の中が麻のごとく乱れ、人心が荒廃していることは、何人も否定できない事実ですが、お釈迦様がとかれた『因果の法』で見れば、荒れた世の中は他人事ではありえないと思います。自分達自身の心の反映と思うべきであり、我々人間自身が貪瞋癡に振り回され、それに対する何の反省も持たない生活を続けてきた為に、いよいよ、末世の状況が深刻なものになってきて居るのではないでしょうか。

彼女の文章を読むと、戦争を起こしたり、人を傷つけたりする人たちのことを他人事として、自分の外の事として捉えているという印象を強く持つのです。だからこそ、戦争や原発といった、タイムリーな事柄の度に「ハンスト」を行ってきたのでしょう。彼女への手紙の中で、他人事だからこそハンストが出来るのであり、スタンドプレーに過ぎない、とも書きました。

どろどろした自分自身の内面を深く見つめるならば、自ずと答えは出てくるように思います。
お釈迦様は、「よく整えし自己を拠り所とせよ。」と説かれたのであって、仏弟子であるならば、理不尽などと他人事のように嘆いていないで、率先してよくこの道理を学び、お釈迦様が説かれた方法でよく自分自身を整え、自分を良くして行く事で、世の中を良くしていくしか方法はないと思われます。

2回目にS氏に抗議の手紙を書いたのは、彼女の書いた『釈迦』という小説を読んだ時です。
S氏自身が煩悩の塊のような方なので、人々のセリフのやり取りがそのようになってしまうので、読んでいて違和感だらけになりました。
ここで引用しているお釈迦様の言葉が良い例ですが、原始仏教の仏典や中村元先生訳の経典を読むと、お釈迦様のお言葉とは、全く、煩悩の動きがない至極冷静で、理詰めのお言葉という事が分かります。誤解を恐れずに言ってしまえば、本の虫なので、ひとたび本を読みだすとやめられなくなる私なのですが、私でさえ読んでいて眠気を催す位のレベルなのです。
何故眠くなるのか? その理由はといえば、当然のことながら、煩悩を卒業した方の言葉ですから、普通のドラマや演劇のように煩悩を刺激されて、ハラハラドキドキすることがないからです。
我々は日常生活で喜怒哀楽に振り回され、ウロウロ生きていますが、現存する経典で、最も古いものの中で述べられているお釈迦様のお言葉は、当然ながら、煩悩の片鱗が微塵も感じられません。
だから、それを小説仕立てにすることは不可能なことであり、それをしてしまえる事自体が、大きな間違いの元です。

この時私は、その本の帯に推薦文を書いていた芥川賞作家で僧侶のG氏に抗議のメールをしました。G氏はとてもまじめで素敵な方で、それ以前に何度かメールのやりとりがありました。
「貴方のような立派な方が、なぜあのような本に推薦文を書くのですかと…」それに対し「お怒りはごもっともですが、私とて苦慮しておるのです。ただ、よく読んで頂ければ、あの推薦文にはかなり皮肉も込めたのですが…」とか書いてあったように記憶しています。さらに、「自分はS氏に物事を分かってもらうために、自分の人生の膨大なエネルギーを無駄にしたくありません」とも書いてありました。

私は、本を購入する時、必ず、レビューを参考にしますが、『釈迦』について、私が申し上げたいことが完璧に要約されているレビューを見つけましたので、ご参考までに、ご紹介したいと思います。

「y.kさん」5つ星のうち2.0  釈迦の本質が伝わっていない  2015年6月30日
釈迦の晩年を、回想的に取り上げた小説(作り話)である。小説であり、作者の意図を表現すれば良いとも言える。ただし、釈迦は実在した人物であり、その教えの信者は多い。釈迦の教えを間違ったかたちで教えている表現が多い感じがある。
たとえば、「人間は、この世に苦しむために生まれて来た。」という説法の表現がある。釈迦がこのような表現をしたはずがない。「人間は、苦しみを乗り越えるために生まれて来た。」というならわかる。
カピラバースト城の王子であるナンダと自分の子供のラーフラを本人の意思によらずに出家させたというのも間違いのように思う。釈迦族の存続を望んでいた釈迦が、そんな自殺行為をするとは思わない。作者が何の意図でこうした話を挿入したかは意味不明である。
作者は日本に伝わった仏教のある宗派に出家されている方であり、大乗仏教は、釈迦の教えがニューアンスを変えて伝わっている可能性がある。作者が釈迦の本来の教えを理解されているかはかなり疑わしい。
タイトルを《釈迦》とするのであれば、釈迦の悟りについての背景とか悟りに至る苦悩とか、説法の状況とかをキチンと説明する部分もほしかった。この小説は、釈迦も登場するが、釈迦の教えの本質を伝えたというのではない。タイトルも《釈迦の弟子達》とした方が妥当な気がする。
期待と異なる単なる娯楽小説である。

また、G氏のお話に戻ります。
S氏からG氏に対談したいと直接(確か電話で)申し込みがあり、断ろうと思っていると、次の日にNHKから「対談なさるそうで」と電話がかかってきたと言っていました。恐らくNHKに電話して既成事実のように言ったのでしょう。

そうやって巧みに、新聞やテレビに自分を売り込んできたように思われます。そのエネルギーたるや、想像を絶するものがあります。
恐らくハンストの時も、「やるよやるよ」と、テレビや新聞に電話をしたのでしょう、これが邪推でないことを祈るばかりです。

もし彼女が、まともに原始仏典の一冊でも読んでいたら、お釈迦様を小説風に描くことなど、不遜の極みであることに気が付くはずです。一応頭を剃り、出家の姿をしている者にあるまじき行為です。

一番困るのは、彼女が頭を剃り、衣を着ているので、本当の仏教の教えを説いていると勘違いしている方が少なからず居るという事です。
ただ尼僧というだけで、たまに「Sさんみたい」と言われることがありますが、その度に「あんな人と一緒にしないで」と言っています。

大変残念なことに、S氏からご返事は頂けませんでしたが、質問の真意を理解して回答できる素養を兼ね備えておられないのだと諦めました。(-.-) 

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